新農業基本法に基づく施策動向
■農水省は、1998年12月8日に政府および自民党が決めた農政改革大綱を受けて、市場原理導入による農業の効率化、中山間地域への直接所得補償や環境保全型農業の推進、農業への女性参画促進や高齢者の役割発揮、開発途上国との国際協力、5年毎に食糧自給率の目標数値を掲げる、などを柱にした新農業基本法案をまとめ国会に提出。1999年7月12日に参院を通過し、「食料・農業・農村基本法」が公布・施行された。基本法の改定は38年ぶり。
農業現場の関心事のひとつは「中山間地域への直接所得補償」。これは、条件が不利な中山間地とそうではない地域との間で生まれる農業所得の格差を埋めようというもので、国土保全などの面からも農業の多面的機能を備えている農村振興は欠くことのできないものとの位置付けから、2000年度の実施で、直接支払いの制度作りが決まった。
大枠での対象農地は、特定農山村法、山村振興法、過疎法、半島振興法、離島振興法のいずれかの指定を受けた計2108市町村内の田や畑、牧草地。その中山間地域への直接所得補償は、水田・畑・草地・採草放牧地などの傾斜を8〜15度未満と15度以上に分けて一定の所得(10アール当たり3000円〜2万1000円、上限1戸100万円)を保証するため、年間総事業費700億円を予算計上する。
ただし、直接支払いを受けるには「集落協定」を結び、直接支払い額の半分は、集落での耕作放棄地防止などの共同活動費用に充てなくてはいけない。このため、農家の実際の手取り分は直接支払い額の半分。もうひとつの関心事、自給率の目標数値は、農業者の生産指針として目標となる自給率を定め、おおむね5年ごとに評価していく計画だ。目標数値については、別に策定される基本計画に盛り込むとし、食糧自給率を現在の40%から2010年度に45%に引き上げることを柱にしたが「食料・農業・農村基本計画」が2000年3月24日、閣議決定された。
農水省は、食料自給率の目標値などを議論する「食料・農業・農村政策審議会」の企画部会で、2010年までにカロリーベース(供給熱量)で45%、将来的には50%以上を目指すとの原案を提示していた。
原案は、実現可能性を重視して目標値を低めに抑えたい農水省側と、努力目標として理想的な数値を掲げるべきだとする農協など生産者団体や農林議員側との折衷案となった。
生産数量や品目の数値設定では、米2・4%増、大豆56・3%増、小麦40・4%増を示しているが、拡大目標での自給率設定では「単なる絵に描いた餅」になる可能性が高く、実現不可能なため、「カロリーベースでの自給率」の設定になった。
しかしカロリベースであろうとなかろうと、自給率の現実は、農産物輸入にはさらに拍車がかかり、大蔵省が2月25日に発表した2000年1月の貿易統計でも野菜の輸入量は毎年、増加傾向で、生鮮野菜の輸入量は前年よりも24%増え、果実も前年より39%増え、食肉では豚肉が約50%増えるなど、依然として農産物全般での輸入依存傾向は強まっている。
また、農地の荒廃や農業後継者の不足、農業者の高齢化など、農業を取り巻く現実は厳しい。農水省では「目標値そのものに意味があるわけではない」とし、「生産、消費の両面での課題を設定し、それらを解決できれば結果的にぎりぎりの数字として45%程度は達成し得るのではないか」との認識を示しているが、それに関しても「それは当然で、それが出来れば悩みはないが、それが出来ないのが現実」と、早くも農業や消費の現場では、冷ややかな意見が出始めている。
農水省は、小麦や大豆など品目ごとに生産努力目標と消費目標を積み上げてカロリーベースや金額ベースの総合自給率を設定したり、消費面でも、食生活の改善で減少傾向の続く米の消費回復を促し、増加傾向にある肉類の消費減少を図る、という方針を掲げているが、さて、この台本、うまくいくか否か?
計画を実行するため、首相を本部長とし、農水相、厚相、文相らで構成する「食料・農業・農村政策推進本部」も発足させる。自給率引き上げの具体策は今のところないものの、まずは「稲作経営安定対策」を中心に施策。これは、水田を中心とする土地利用型農業活性化対策(水田営農対策)の一環で、麦・大豆・飼料用作物の増産を名目にした「助成金制度」。
米を作付けしない水田=減反分では、転作用として麦・大豆・飼料作物をつくり、新たに「米の生産調整(減反)」の徹底を図るというもので、これに準じて「水田農業振興計画」を策定した地域に限り、基盤整備事業や施設助成も重点的に実施するという計画。
ちなみに、これを誘導するための助成金は、稲作所得平均の10アールあたり6万2000円を上回る金額の10アールあたり最高額で7万3000円が予定されている。この助成金は、「とも補償」と「経営確立助成」の二本立てで形成。減反達成した地域に限り3000円上乗せすると共に、農地の流動化を促して団地化した地域に限り基本助成3〜4万円を交付するなど、「目の前に補助金というカネをぶらさげて食いつかせて従わせる」という旧態依然とした手法に、変化はない。農政に従わない農家や地域には見境もなくペナルティーや圧力を課す行政当局だが、この自給率が達成できなかった際の農水省自体の責任やペナルティーについて農相は「今から言われても困る」と言っている、とか。ている。
また、環境保全型農業の推進を含む「農業の持続的な発展」では、農薬や肥料の適正使用などで自然循環機能の維持増進を図るとしている。
新農基法は、農家をはじめ国民的理解を得られやすいようにすることから「農業保全」を言葉として掲げ、分かりやすい指標として食料自給率の向上目標を定めることも盛り込んでいるが、全体としては「市場原理を導入し、国内農業の効率化を図る」ということで、行き着くところはこれまで通り、農水省主導による施策の必要性をうたいあげ、基本的には農水省の監督権の及ぶ範囲を維持拡大しようする要素が強まってきているようだ。
※戦後農政の大枠は「日本の農業政策とは?」の項、そして戦後農政が辿った道は詳細解説頁「農政」にあります。