コラム

武力と査察と反戦と
イラク攻撃前の熱意

 
 イラクの大量破壊兵器廃棄および武装解除の行方について、武力での決着を求める側と査察による解決を望む側の主張が2003年2月14日の国連安保理の議論で出揃った。

 早期武力攻撃で決着を図ろうとするアメリカに足並みをあわせるイギリスが主張するように、「問題は、イラクが大量破壊兵器の廃棄に積極的に協力しているか否かだ。12年にわたり、イラクはうそをつき、隠し、ゲームをしてきた。いまだに積極的かつ無条件に査察に協力していない。実質的協力のないまま、査察を無期限に行なうことは、イラクの武装解除と国際社会の平和と安全の達成を非常に困難にする」というのは確かだ。
 しかし、拙速な武力攻撃を望まないフランスやドイツに同意するロシアが主張する「武力に訴えるのは万策尽きた時にのみ可能だが、我々はまだその段階には達してはいないし、今後も達することがないことを望む。イラクの協力で、査察団は着々と仕事をこなしている。動きは正しい方向に向かっており、これを無視することはできない。査察官は査察を継続しなければならない」 というもの確かだし、中国が主張する「安保理メンバーは、あらゆる手段を使い、戦争を回避することに最善をつくす義務がある。国際社会が安保理に託す信頼と希望に応えることが可能なのは、安保理が政治的解決の流れに沿って進むときだけだ」 というのもおおいにうなずける。

 アメリカがいう「国連決議1441は査察でなく、イラクの武装解除を決めた。武力は最後の手段であるべきだが、必要な時もある。深刻な結果について考える時が来たか否かを、ごく近いうちに検討しなければならない」 のも嘘ではない。アメリカやイギリスが早期武力攻撃を主張し続けているがゆえに、イラクの扉は、査察チームに対し、無制限・無条件に開こうとしており、全世界はこの前例のない協力姿勢に驚いているところでもある。 だが、シリアが指摘するように「あらゆる種類の大量破壊兵器、核兵器を持ちながら、国際的な査察を拒否し、31の安保理決議を履行せず、パレスチナ独立国家の承認も拒んでいるイスラエルへの対応と、今回のイラクへの対応は、まさに二重基準であることを暗示している」というのも事実だ。

 イラクは確かにこれまで欺いてきた。しかしイラクは、怒るアメリカの本腰に触れて、あるいは包みこむフランス・ドイツ・ロシア・中国などの姿勢に接して、軌道修正しようとする姿勢を小出しとはいえのぞかせている。イラクが言うように私たちも「査察妨害を期待していたいくつかの国や人たちが、このイラクの協力姿勢をあまり好ましく思わなかっただろう」ことを知っているし、多くの人たちが指摘する「イラクの協力姿勢はフセインの外向きのパフォーマンス。内向きには反米と抵抗姿勢をむきだしにしている」であろうことも推測できる。
 かけひきはある。しかしそれは人間世界には付き物のじゃれごとだ。それを分析しても解決には至らない。シリアが願う「アラブの人々全員が反対するなかでの、中東地域で初めての戦争にならぬように」するためには、国連が形骸化するなか、国連はいま、だからこそ、国連の枠組みでの解決を図る必要があり、この危機を平和的に解決するため、あらゆる努力をする義務がある。それをしたうえで、安保理は世界平和のための責任を果たさなければならない。

 商業マスコミや商業ジャーナリズムが、事情通の話としてコメント誘導をし、価値観や方向性を誘導しようとしている傾向もあるが、言うまでもなく、国際的な平和構築の理念がない日本政府が示すアメリカに常に尻尾をふる姿勢を支持するわけにはいかない。ましてや過去の怨念を晴らそうとするかのようなアメリカ・ブッシュ大統領の言動に同意することは出来ない。現在の事実は、ドイツが言うように「査察外交はまだ行き止まりには達していない」ということである。
 そうであるならば、フランスが主張するように「戦争がより安全で正しく、そして安定した世界を導くとは、誰も主張できない」し、カメルーンが説く「平和維持に責任を持つすべての人々が立場の違いを乗り越え、平和のためだけを思って行動することが求められている」という精神も支持できる。そして、私たちは常にそうした考えや思いを持ち続けたい。「反戦」「戦争回避」。これが今の世界の世論であることは間違いない。
(03・2/15)

●国連安保理での決議採択に最低限必要な9カ国を取り込むことができなかったアメリカは、安保理決議のないままイラク攻撃に踏み込んだ。これにより、アメリカの軍事力が独り歩きする歴史的な日が始まった。そして、国連安全保障理事会の協議プロセスは「最期」となり、国連外交が死んだ日を迎えた。それと同時にアメリカ・ブッシュ大統領の判断は、戦闘開始と共に「アメリカは、国際テロリストのナンバー1」と各国で非難の声が上がったように、国際的に問題視されることが確実となった。

●イラクでの査察が継続的に実施され、国連安保理協議も続き、「最後の最後まで外交努力を続けるべきだ」との見解も出されたなかでの今回の「国連安保理決議がないままの武力行使」。国際法上の解釈として「違法」との見方が一般的だが、ブッシュ政権は、2002年12月の安保理決議1441など過去の国連決議で十分だとし、また、大量破壊兵器がテロリストに渡る脅威を強調し、武力によるフセイン政権の打倒しか道はないと言い張ってきた。しかし、イラクによる将来の攻撃あるいはテロリストに渡る大量破壊兵器による将来の攻撃といった「仮説」に基づく軍事力の先制使用には、法的根拠がないのはもとより、例外として自衛権の発動と安保理決議(国連理事国は15カ国で、採択は、9カ国以上が賛成し、常任理事国5カ国が拒否権を行使しないことが条件になる)を得た集団的自衛権の発動に限って武力行使を認めている国連憲章にも該当しない。

●2月24日の国連安全保障理事会でイギリス・アメリカ・スペインはイラクへの武力行使を求めるための決議案を提出したのに対抗し、フランス・ロシア・ドイツは一層の査察体制強化を求めるための覚書を安保理に提示していた。覚書は、査察をさらに120日間継続して定期的に安保理に報告することなどを盛り込み、中国やロシアもこれに賛同していた。

●ニューヨーク、ロサンゼルス、シカゴ、フィラデルフィア、デトロイト、サンタモニカなど約90の市議会は次々と、国連の支持がないままイラク攻撃に踏み切ることに反対する決議案を採択。決議はブッシュ大統領に対し、最後の手段である武力行使の前に、あらゆる外交的選択を尽くすことを求めていた。

●国連安保理で行なわれたイラクの大量破壊兵器査察に関する追加報告で、対イラク強硬姿勢を崩さないアメリカをけん制し、国連監視検証査察委員会(UNMOVIC)のブリクス委員長と、IAEA(国際原子力機関)のエルバラダイ事務局長は、戦争回避に向けて査察強化・継続の必要性を強くアピール。追加報告に基づく理事国の発言からも拙速な武力攻撃は好ましくない旨の主張が続いていた。

●国連安全保障理事会の公開討論会で発言した62カ国・機構のうち約50が査察の強化・継続を要望した。世界の世論が平和的な解決を求めるなかで、アメリカやイギリスが武力行使に向けて提出した「新決議」の採択を求めた日本政府の声は極めて奇異なものだった。勿論、アメリカの独断的開戦の支持をはっきり表明した日本政府および小泉首相の「国際協調と日米同盟が両立するよう双方を尊重する」といった論理構造が矛盾した説明は、最も筋の通らない説明となった。

●アメリカのシンクタンク自然資源防衛評議会(NRDC)は、戦争になればイラク国内や周辺諸国で、最悪、炭疽菌の感染者30万人、サリンによる死者3000人など、深刻な人的被害が出るとの試算結果を発表。例えば、バグダッド近郊の生物兵器工場の破壊で0・5キロの炭疽菌が漏れた場合、風向きが悪ければ30万人以上が感染。イラクが計500キロのサリンを弾道ミサイルでイスラエルやクウェートなど周辺国の大都市に撃ち込んだ場合、3万人以上がサリンに触れて3000人が死亡するとしている。 このことから、「イラク周辺に20万人以上の兵力が展開しているのに、大量破壊兵器の査察に当たるのはわずか200人ほど」と指摘、攻撃を急ぐのではなく、「査察体制をもっと強化して隅々まで調べるのが先決だ」とした。

●3月7日付のイギリス・ガーディアン紙は、イギリスやフランスの法学者16人がイギリスのブレア首相に公開書簡を送り、「侵略に対する自衛であるか、集団で脅威に対処する行動を安保理が認めない限り、国連憲章は戦争を禁じている」と指摘すると共に「イラクによる将来の攻撃といった仮説に基づく軍事力の先制使用には法的な根拠がない」としたうえで、「国連安保理の明白な同意を得ずにイラク攻撃に踏み切る場合、国際法違反となる」「第2決議を経ずにイギリスやアメリカが戦争を始めれば、国際社会における法の支配の原則を大きく傷つける」と警告したことを報じた。

●対イラク問題が緊張するなかで、弾道ミサイルの発射実験の再開や核関連施設の再稼働など、瀬戸際外交の切り札を次々に切りはじめた北朝鮮。ブッシュ大統領が、国連制裁発動など具体的な制裁案の検討を始めたのを受けて、制裁発動=宣戦布告として強く反発する北朝鮮。アメリカがイラク攻撃に打ってでた場合、開始後の北朝鮮動向への懸念も広がりはじめた。次に切る札は何か? いずれにせよ、瀬戸際外交を繰りひろげる北朝鮮の手持ちの札は、かなり物騒なものしか残っていない。

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