内閣府が発表する景気ウォッチャー調査では毎回、景気の現状判断は連続で上昇だという。景気ウォッチャー判断を連続で上方修正し、「現状は極めて厳しいものの、悪化のテンポがより緩やかになっている」と表現し続けている。ここまでヘコむとそう言いたくなるのは分からないでもない。雰囲気づくりは必要だ。しかし現実はそう甘くはない。誰も景気ウォッチャー調査を信じる者はいない。見る目は厳しい。
貿易統計速報では、株価の上がり下がりに一喜一憂するマネーゲームな世界にも、ど〜んと冷や水を浴びせるような数字が並ぶ。輸出額は、前年比49・4%減の3兆5255億円也。「輸出から輸入を引いた貿易収支は黒字化し、景気浮揚の兆候」と言いたい人たちもいるようだが、そうもいかない。
なぜなら、輸入も前年比43・0%減の3兆4431億円也。過去最大の下落率を記録したからだ。連続で過去最大の下落率を更新し、輸入も急減。だから輸出から輸入を引いた貿易収支は辛うじて黒字となった。さらさら輸出が伸び始める傾向に移ったのではなく、小学生にもわかる算数の計算上だけでの話だ。
輸入減=消費減、輸出減=消費減。定番になりつつある言葉“過去最大の下落”。この右と左のワンツーパンチは、日本企業の経済活動にとってはまさにノックアウト寸前のWパンチを食らったのと同様だ。特に輸出依存企業は青色吐息の状態でさらにヘコみはじめた。
輸出の減少で際立つのが、米国とEU向けで、米国向けは前年同月比58・4%の減、EU向けは54・7%の減。いずれも“過去最大の下落率”だ。特に、自動車・同部品の下落率は、米・EUともに70%以上にのぼる。
世界全体への前年同月比の自動車輸出は70・9%減、部品輸出は60・8%減に拡大した。電子部品などエレクトリックな業界も下落幅の拡大は同様で、大幅減産を続けている鉄鋼も粗鋼生産量がさらに減り、“過去最大の下落”街道に向かってばく進中だ。
ここまでくると、常にエコノミスト談として引っ張り出されるもっともらしい言葉がある。「急落は底を打ちつつある」のだと。“過去最大の下落”と「底を打ちつつある」。このふたつの言葉ほど怪しげなものはない。
まことしやかに言わなくてもいい。これ以上急落する余地がないほど既にヘコみ過ぎているのだから。
その状況を凌ごうと、相変わらず企業はなりふり構わず身を守ることに徹している。
企業に忠誠を尽くすよう社員たちに要求し続けておきながら、突然のリストラに閉鎖。理に叶わず、損得に叶う。企業の社会的責任という基本を棚上げにしたこの恥も外聞もない振る舞いは、「不況」という便利な文言ですべて許されるようだ。経営を守るためには何をやってもおとがめがない。
中小零細の経営者ならば首吊りものだが、大企業の経営者連中はちゃっかり何くわぬ顔で、いわゆる「富裕層」という結構な階層におさまり続け、身を守るために必死で大規模リストラや閉鎖を決め込む。
日本企業の模範を標榜してきたトヨタやパナソニックなどが先陣をきるかのように躍起になるのだから、その慌てぶりは、社会教育上もよろしくない。あたかも国内でたちいかなくなったら「途上国に本社を移すことだってある」などと考えかねない勢いだ。
世界はアメリカの落ち込みよりもこの日本経済の失速と企業対応を「企業が生き残っても、雇用が守れない企業活動は日本経済を増々苦しくし、内需が一層伸び悩む」と懸念している。
3月の企業短期経済観測調査(日銀短観)だと、大企業製造業の業況判断指数はマイナス58だという。言うまでもなくこれは第1次石油危機で不況に見舞われた1975年5月を超えて過去最悪だ。
ここでも、アナリスト談として常に引っ張り出されるもっともらしい言葉がある。「落ち込みが大きかった分、今後はリバウンド期待がある」のだと。これも馬鹿げた言葉だ。
まことしやかに言わなくてもいい。既にヘコみ過ぎているのだから。
こんな時に儲かるのは、苦虫を潰し過ぎて歯ぎしりで痛む歯の治療をする歯科と、矛盾だらけに悩む人たちが救いを求めてすがりつく宗教組織くらいのもので、川岸から山の上に向かって叫ぶような「内需拡大」の号令は、誰の耳にも届かない。
もう、戦後の混乱期や高度経済成長期の如き時勢ではなくなった。個人消費を煽っても、モノは溢れ、買う必要に迫られたものがないのが実情だ。日常品とて買い控え傾向にあるほど、ひとはモノを買わなくなり、消費支出指数のマイナスは最長記録を打ち立てはじめた。
例えばダイエーは今後3年間で、約20店を閉鎖する。これまでも約50店舗を閉鎖しているが、消費不振に拍車がかかり、採算がさらに悪化した。
しかし、買うという「物質欲」が減衰しても、ヒトは「食う」という「食欲」だけは押さえ切れない。だが、グルメを含むこの欲にも変化が現れ始めた。
日本フードサービス協会によれば既存店ベース2月の外食売上高は前年同月比3・6%減と3カ月連続で減少した。客単価も前年を下回り、消費者の節約志向が続いていることを裏付けた。このため、ファミレスや居酒屋などは顧客を呼び戻そうと値下げに踏み切らざるを得なくなってきた。これまでは、単価下落分を来客数増で補う「薄利多売」で帳尻を合わせていたが、値下げしてもお客が増えない状態になり始めている。
外食から内食へ。外食のマズい味が拍車をかけて、その傾向は近年強まっていたが、この不景気で一気に加速した。逆に、この恩恵を受けているのはコンビニだ。節約志向から家庭で食事をする「内食」傾向が一層強まったことにより、弁当や小口の総菜に力を入れるコンビニが販売力を発揮し始めている。実際に、セブン・イレブンは弁当類や総菜の売り上げ増でチェーン全店売上高が前期比7・3%増の2兆7625億円となった。ファミリーマートもチェーン全店売上高が11・0%増の1兆2457億円だ。
せちがらいこのご時世の中で、われわれ庶民は、贅沢をするにしても高速道路の土日1000円乗り放題で気晴らしに「安近短」を味わい、遊び感覚で在庫一掃大バーゲンセールや百円ショップなどで買い物を楽しむのがやっとこさだ。むしろ、それすら出来ない人たちも増えてきた。
日本経済を何とかしようと政府は15兆4000億円の財政支出の補正を組んだ。事業規模は56兆円を上回るというものの、この対策は、需要の先食いや負担の先送りにつながるものばかりで、持続的に力強い成長を回復できるとはさらさら思えないのが実情だ。麻生首相は「2020年には実質GDP120兆円押し上げる」と言う。しかし、言うまでもなく従来型のバラマキ対策では日本経済の建て直しは難しい。むしろ世界の眼は、日本の10年先のことよりも2009年の実質GDP成長率が大幅にヘコんでしまう現実をとても親身になって懸念している。
その懸念は現実のものとなるだろう。先ごろ、経団連の御手洗会長は政府に「ODAを増やして欲しい」と泣きついた。表向きには、東アジア地域の経済成長戦略をめぐって、政府との意見交換の場で「世界不況からの早期回復を図るには開発途上国向けに政府開発援助(ODA)を活用すべきだ」と要請したものだが、ODA予算を日本の企業利益のために拡大して東アジア地域での鉄道などの広域インフラの開発で拠出して欲しいという「おためごかし」の本音が透けて見えてくる。その言わば過去からの悪癖でもあるODAに対する「タカリ体質」は、世界に向けて「経団連にはやはり知恵はない。日本経済は自力では復興困難だ」と声明を出したのと同じだ。また、それを受けて麻生首相までもが「ODAでアジアの経済を底上げするのだ」と意気まくのだからたまったものではない。「不況克服には日本国内だけではなく、東アジア域内の需要創出が必要」の大義名分は一見すると聞こえはいい。しかし、世界は心底、日本に対して「外需頼みやアジア云々もいいが、今は内需。自国のことを専一に」を願っているのだから。
企業再編と政界再編と産業構造の変革。それが急務だ。しかし、意識変革や内需掘り起こし等々と同様に内側からは日本は変わりそうにもない。壊れきってしまった現在の経済システムをまだ日本は続けたいようだ。
それを証拠に、政府は、追加経済対策の中で、株価が大暴落するなどの株式市場の異常事態に備え、政府の関係機関が株式などを買い取る仕組みを整備する方針を固めたという。買い取りに使用できる資金として50兆円の政府保証枠を用意し、株式の大量取得を可能にすることで、株価の下支えを図りたい、と言う。株価や株式市場ほど実体経済から乖離しているものはないにもかかわらず、上場企業に特定される株式市場に固執するのだから、もう日本の政府に対しては「付ける薬はない」と言っても決して過言ではなさそうだ。現在の株式市場=実体経済ではない、ということはいま時、子供でも分かる話だ。
安泰が大好きなニッポンは、世界同時不況という外的な手痛い洗礼を受け、これからやっと少しは、まともになるのかも知れないと思えたが、今回もやはり無理だったのかも知れない。
企業が選んだ切り捨て御免の厚顔姿勢は、将来にわたって「企業に忠誠を尽くしても無駄だ」という教訓を深く刻印し、多くの人間をいたく傷つけた。そして今、選挙目当てとも言える政府のバラマキ体質に大いなる失望感が広がってきた。展望が見えてこない。
将来に渡って、このトラウマのようなダメージからの脱却はなかなか容易ではなさそうだ。